教員コラム~TOM'S薬箱~

モルヒネ がん治療の強い味方

モルヒネの化学構造式と種々の製剤

がんは25年以上日本人の死亡原因の第1位となっています。しかし近年、がんの診断と治療法は大きな進歩をとげており、各種がんの5年生存率(診断から5年経過後に生存している患者さんの比率)は大幅に向上しています。がんの治療では、がんそのものを治すことと同時に患者さんの痛みを除くことが重要です。なぜなら、がんの強い痛みが消えれば病気に立ち向かう気持ちが湧き、治療効果が向上することもあるからです。このようながん性疹痛(がんによる強い痛み)に用いられる薬としてモルヒネがあります。
モルヒネは1800年代にアヘンの主成分として取り出され、鎮痛薬として用いられてきました。しかし、モルヒネは使用する薬の量が次第に増加し、やがては薬がなければ幻覚や幻聴をおこすという「薬物依存」を形成する(すなわち麻薬である)ため、その使用は制限されています。
モルヒネはオピオイド受容体と呼ばれる受容体(細胞に存在し、薬物を認識してその作用を発現させるタンパク質)に結合して鎮痛効果を示します。しかし、この受容体は薬物依存にも関与しているため、薬物依存が形成されてしまいます。モルヒネの化学構造と鎮痛作用の関係を調べていくと、構造と活性の間に相関があることがわかりました。その知見をもとに多くの鎮痛薬が開発されました。その一つにぺンタゾシンがあります。ぺンタゾシンはモルヒネの化学構造を単純化することで、受容体への結合を弱めることに成功し、依存性が少なくなりました。WHO(世界保健機関)からも非麻薬性薬物に指定され、モルヒネに代わる新薬として期待されましたが、依存性とともに鎮痛効果も減少したことや一部の患者さんで精神症状の副作用が出ることから、現在ではあまり推奨されていません。モルヒネに匹敵する鎮痛作用を持つ薬物依存のない新薬を追い求め、今も活発に研究が続けられています。
モルヒネは麻薬性薬物ですが、現在では医師や薬剤師の注意深い管理・指導の下で適切に使用することにより、薬物依存を形成することなく安全に痛みを除くことができるようになっています。たとえば、モルヒネの副作用である眠気・吐き気・便秘は、他の薬を一緒に服用すると改善されます。また、患者さんの状態によって、注射剤や錠剤、ゼリーの中に混ぜることのできるタイプなどさまざまな剤形を選択できます。さらには痛みが軽快した場合には容易に服用を止めることができます。このように、モルヒネはまさにがん治療の強い味方と言えます。
がんは、もはや不治の病ではありません。多くの患者さんがモルヒネを上手に使って痛みを抑え、強い気持ちでがんに立ち向かい、がんを克服されています。