本文へスキップ

Department of Cancer Cell Biology, University of Toyama

沿革





 当教室の創設は1974年(昭和49年)のことで、(旧)富山大学薬学部の14番目の講座「環境衛生分析学」として、五福キャンパス内に発足した。ちょうど富山医科薬科大学(現、杉谷キャンパス)の創設準備期のことである。

初代教授:狐塚 寛(1975年3月−1995年3月)
 高度成長期の日本社会に発生した公害・薬害などの問題に薬学的視点から対応することが当教室の創設目的であり、1975年3月に狐塚寛教授が警察庁科学警察研究所より赴任した。同年、宮原龍郎助教授(薬学部衛生化学教室より昇任)、森正明助手(九州大学より)、1979年には川嶋洋一助手(ペンシルバニア大学より)が着任し、以下の研究テーマが精力的に行われた。1)法中毒学における分析法の開発と反応機作、2)毛髪中の微量元素の分析とその意義、臨床分析とのかかわり、3)カドミウムを中心とする重金属の毒性−特に骨への影響、4)異物代謝と変異原性−有機ニトロ化合物を中心として、5)ペルオキシゾーム増殖剤による脂質代謝の変動。
 1978年に富山医科薬科大学への移行に際して大講座制となり、「臨床分析学」講座に属することになったが、その後も「環境衛生」の通称で研究室は運営されてきた。1994年に正式に研究室名を付すことになり、狐塚教授が強く志向してきた「毒性学」研究室が誕生した。川嶋助手は1992年に助教授に昇任した後、1994年に城西大学薬学部教授に、また森助手は1993年に九州大学医学部医療短期大学部の助教授に、それぞれ栄転した。

二代目教授:根本 信雄(1995年11月−2011年3月)
 1995年11月、定年退官された狐塚教授の後任として、根本信雄教授が財団法人癌研究会癌研究所から赴任した。翌1996年には佐久間勉助手(北海道大学より)が着任し、宮原助教授とともに新たな「毒性学」研究室としてスタートした。1998年-1999年には蓮元憲祐先生(京都大学より)が教務職員として参画した。根本教授は化学発がん物質の代謝活性化と遺伝子障害について研究を行っていたことから、赴任後は薬物代謝酵素、特にシトクロムP450分子種の発現調節機構の解析を行った。また、カドミウムの骨代謝に及ぼす影響については引き続き研究が進められた。
 2005年、創設当初から研究室を支えてきた宮原助教授が定年退職し(横浜薬科大学教授として栄転)、後任に佐久間助手が昇任、2006年には河崎優希助手(岐阜大学より)が着任した。また、2007年より3年任期で近藤佐千子助教(医学部免疫学より異動)が参画した。この間、2005年10月には富山県内国立三大学の統合により(新)富山大学薬学部として再編され、2006年4月より大学院部局化に伴い医学薬学研究部(薬学)の所属となった。


三代目教授:櫻井 宏明(2011年8月− )
 2011年8月、定年退職された根本教授の後任として、櫻井宏明が富山大学和漢医薬学総合研究所病態生化学分野から昇任し、佐久間准教授、河崎助教とともに新たに研究室をスタートさせた。2011年10月より、研究室名を「がん細胞生物学」に変更し、細胞内シグナル伝達解析を中心としたがん研究に着手した。また、佐久間准教授を中心にしてシトクロムP450研究を継続するとともに、今後は両者を融合した新しい毒性学研究にも挑戦してみたいと考えている。2014年には本研究室出身の周越さんが特命助教となり、2016年に上海中医薬大学の准教授に栄転した。



 尚、本記録は、富山医科薬科大学開学十周年、二十周年、三十周年記念誌、および富山医科薬科大学薬学部百年史における研究室の歴史を記した文章を、再編成、加筆したものである。(文責:櫻井宏明)