3.DNA の相互作用をまね、そして越える
図5で述べましたように、DNA 中の相互作用は、核酸塩基(A T G C)間での横の水素結合と、“だるま落とし”のような核酸塩基対の縦の積み重なりによる van der Waals 相互作用に大別することができます。このような横と縦の相互作用が同時に働く人工分子をつくることができれば、DNA を人工分子で認識できるのではないかと考えました。
相互作用する二つの部位が、同時に、かつ単純明快に働くためには、それぞれの部位をつなぎ、そして制御する調整器(モジュレーター)ともいえる部分の選択が重要になります(図7)。 | ![]() |
図7 モジュレーターの役割 |
我々はモジュレーター分子の候補として、フェロセンという金属を含む人工分子を選びました。フェロセンに着目しました理由は、上下の正五角形環(シクロペンタジエニル環)の距離が、DNA の縦の積み重なりの間隔にほぼ等しく、またその動きが、シクロペンタジエニル環の平行を保ったままでの回転に限られるためです。これにより、「相互作用する二つの部位を、認識する分子にぴったりと接近させ、しかも無駄な動きがない」という理想的なモジュレーターになるはずです(図8)。 | ![]() |
図8 モジュレーターとしてのフェロセンの化学構造(左)と実際の分子(右) |
核酸塩基と水素結合ができる部位と、van der Waals 相互作用ができる部位を、それぞれフェロセンの上下のシクロペンタジエニル環につないだ人工分子を合成しました。この人工分子は、二つの種類の異なる相互作用が同時に働き、核酸塩基を認識することがわかりました(図9上)。さらに、水素結合部位を上下のシクロペンタジエニル環に一つずつつなぐことによって、小さな DNA(ジヌクレオチド) を認識することにも成功しました(図9中)。核酸塩基のうち T を認識できる水素結合部位を二つもつ人工分子では、いろいろな小さな DNA が混ざった中から T と T のつながったジヌクレオチドを選択的に認識し、かつ分離することができました。これは天然の DNA(たとえば T-T と相互作用できる A-A)を用いてもできなかったことです。この研究から得られました成果は、ささやかながら、人工分子が「DNA の相互作用をまね、それを越えた」といえる事実であると思っています。 | ![]() |
図9 水素結合と van der Waals 相互作用での核酸塩基の認識(上)、二つの水素結合部位による DNA の認識(中) と予想される分子構造(下) |