2.分子の中に疎水ポケットをつくる
生物の遺伝情報は、DNA 中のA (Adenine)、T (Thymine)、G (Guanine)、C (Cytosine) の四種類の分子(核酸塩基)による文字で書き込まれています。A は必ず T と、G は必ず C と対をつくることにより、遺伝情報が勝手に変わることなく保存されているわけです。そしてその対をつくる相互作用は、水の中では本来働きにくい水素結合です。この矛盾した相互作用がなぜ可能になるのでしょうか?その理由は、核酸塩基の対が“だるま落とし”のように縦に積み重なり、その内部に水分子を入れないようにしているためです(図5)。このような水素結合が働く、言い換えれば水を嫌う空間(疎水ポケット)を、“水に溶ける”人工分子でつくることを目指し、“中身の抜けたサンドイッチ”型の分子を合成しました(図6)。 | ![]() |
図5 DNA 二重らせん構造 | |
らせんの水平面では、A と T、G と C の間に水素結合が形成され対をなしています。そしてその対が、垂直方向に“だるま落とし”のように積み重なることによって van der Waals 相互作用が働きます。 |
この“サンドイッチ”分子の疎水ポケットは、上下面が広い芳香族化合物(ピレン環)によって完全に外の水からシールドされた状態になっています。またそのポケットの幅は、平たい芳香族化合物が一層だけ入り込める狭さです。すなわち認識される分子との間で、疎水性相互作用と van der Waals 相互作用がきっちりと働くよう、あらかじめ設計されたサンドイッチ構造です。実際この“サンドイッチ”分子は、いろいろな芳香族化合物や核酸塩基を水の中で強力に認識することがわかりました。この大きな疎水ポケットを利用して、その中にさらなる認識部位(例えば水素結合部位)を入れることも可能です。 | ![]() |
図6 “中身の抜けたサンドイッチ”分子の化学構造(上)と、上から見た(中)および横から見た(下)実際の分子 |
DNA やタンパク質などの生体分子は、水の中で疎水性のポケットを利用して分子を認識しています。このようなポケットをもつ水溶性の人工分子をつくることに成功しました。この成果は、DNA の構造を人工分子でまねることができたという、学問的な意味だけではありません。有害な芳香族化合物を汚染された水中から除去することや、酵素に見られるような水中での選択的な反応へ展開できるなど、多くの応用を期待させるものです。