研究の成果

1.糖を水素結合で捕まえる

 すべての生物のエネルギーの源であり、老化や免疫にも関係する糖質は、最も複雑な生体分子の一つです。認識の足掛かりとなる糖質の水酸基(OH 基)の相互作用の弱さとその対称性のない配置。ほんの少ししか構造が違わない多数の兄弟分子の存在(図2)。どれをとっても、認識しようとすればとりつく島のないこの糖質を、分子の“硬さ”と“柔らかさ”を適材適所に組み合わせた人工分子で認識することに挑戦いたしました。


glucose mannose ribose deoxyribose
グルコース マンノース リボース デオキシリボース
(デンプン・セルロース) (こんにゃく:ノンカロリー) (RNA の糖) (DNA の糖)

図2 代表的な糖質の化学構造


 糖質を認識する人工分子を設計していくにあたって、我々は認識の主な相互作用として、一つ一つの力は弱くても力の方向性を持つ水素結合(前ページの(4))と、分子の“形”を見分けることができる van der Waals 相互作用(前ページのの(3))を選びました。というのも、方向性を持たない強い相互作用(前ページのの(1)と(2))を用いてしまうと、水素結合や van der Waals 相互作用を用いた場合に比べ認識する力が上がる反面、よく似た兄弟分子を見分ける(選択的に認識する)ことが難しくなると考えたためです。

 計算機で分子構造と相互作用のシミュレーションを行い、有機合成の手法を使って実際の分子をいくつか合成しました。そして最も適した構造を探した結果、三つのピリジン環を“くの字型”にまっすぐなアセチレン結合を用いて硬くつないだ環状構造の分子に行き着きました。この分子では、“くの字型”につないだ三つのピリジン環が糖質との水素結合を行い、環状構造をつくるための少し柔らかい“つなぎ”の部分が van der Waals 相互作用をします(図3)。 糖レセプター概念図
図3 糖質を認識する環状分子

 水素結合をするピリジン環と“つなぎ”の構造を少しずつ変えることにより、リボース(RNA の糖)・デオキシリボース(DNA の糖)・グルコース(生物のエネルギー源)などの重要な糖質を選択的に認識する人工分子を開発することに成功しました。糖を人工分子で認識する研究で、“狙って”選択性を持たせることができた初めての例です(図4)。

糖レセプター

図4 デオキシリボース(左)とグルコース(右)を認識する環状分子

糖質と人工分子の間に働く水素結合は青い点線で示しています。


前ページへ ← ● → 次ページへ