脳の視床下部オレキシン機能を生かした糖尿病治療法の開発研究

「規則正しく生活することは健康の第一の秘訣」ですが、その機序の多くは不明です。当研究室では「脳と糖尿病」の観点からその謎の解明に挑んでいます。今日、肥満・EE・型糖尿病が世界的規模で蔓延しています。その原因としては、現代社会特有の過剰な脂肪摂取や運動不足が挙げられます。さらに近年では、24時間社会化と呼ばれるような昼夜を問わないライフスタイルも拡大し、睡眠などの生活リズムが大きく乱れることも糖代謝の悪化を招く要因と考えられています。

生体にはエネルギーバランスを維持するために、睡眠・覚醒リズムに合わせて血糖値を調節する機構が存在します。覚醒時には食欲を増加させて摂食を促し、睡眠時〜起床時には肝臓の糖産生によってエネルギー供給を行うことで低血糖に陥ることを防いでいます。しかし、これらのエネルギーバランス調節が破綻すると肥満や2型糖尿病が誘発されます。エネルギー恒常性を維持するためには多くのホルモンや自律神経系の作用を同調させる脳の視床下部が重要な鍵を握っており、その機構の解明が待たれています。

図. 視床下部オレキシン系による生体リズム調節とその意義

そこで当研究室では、覚醒の維持や自律神経機能の調節に重要な視床下部オレキシン系に注目し、睡眠・覚醒と糖代謝を連係させる生体機構におけるオレキシンの役割を検証しています。まず、マウスにオレキシンを中枢投与したところ、高濃度では交感神経系を介して肝臓の糖産生を促進し、低濃度では副交感神経系を介して肝糖産生を抑制しました。この結果から、オレキシンは肝糖産生を二方向性に制御することが示されました (1,2)。オレキシン欠損マウスでは肝糖産生の・掾Eクリズムが破綻し、血糖値の日内変動は消失しました。このようなリズムの破綻状態が長期間続くと、肝臓の小胞体ストレスが増加し、インスリン抵抗性が引き起こされました (1)。また、オレキシン欠損に伴い、高脂肪食餌下で過度の肥満が誘発されることや、慢性的な心理的ストレスによりインスリン抵抗性が誘発されることを認めました (3,4)。このように、内因性のオレキシンは加齢、肥満、およびうつに伴うインスリン抵抗性を防御する役割を果たすことを明らかにしました。そこで、薬物処置によってオレキシン作用を増幅することで抗糖尿病効果が得られるか検証しました。オレキシンは覚醒期に増加し、睡眠期に低下することが知られています。そこで、2型糖尿病マウスに対し、オレキシンやオレキシン系活性化薬を覚醒期に投与したところ、血糖値の日内リズムが改善し、血糖降下作用が認められました (1,5)。オレキシン受容体拮抗薬スボレキサントを睡眠期に投与した場合でも、耐糖能の改善が認められました (6)。

これらの研究成果より、視床下部オレキシン系は睡眠・覚醒と糖代謝の日内リズムを同調させる役割を果たすと考えられます (図)。また (少なくともマウスにおいては)、日周性のオレキシン作用を時間薬物治療学的に促進すると2型糖尿病の病態が改善することが示されました。日周性のオレキシン作用を高めるには「規則正しい生活」による睡眠・覚醒リズムを保つことも大切です。今後、視床下部オレキシン系を基盤とした生体リズム調節機能を活かし、生活の質の改善を伴った理想的な新しい糖尿病治療法の開発を目指して研究を推進しています (7-10)。

  
発表論文
  1. Diabetes. 64: 459-70, 2015.
  2. Eur J Pharmacol. 448: 245-52, 2002.
  3. Diabetologia. 51: 657-67, 2008.
  4. Neuropeptides. 47: 213-9, 2013.
  5. Endocrinology. 157: 195-206, 2016.
  6. Endocrinology. 157: 4146-57, 2016.
  7. Acta Physiol (Oxf). 198: 335-48, 2010.
  8. Endocr J. 59: 365-74, 2012.
  9. Trends Endocrinol Metab. 27: 633-42, 2016.
  10. Pharmacol Ther. 186: 25-44, 2018.
  11. J Endocrinol. 243: 59-72., 2019.