女性ホルモンと糖代謝

 超高齢化社会を迎えた我が国において、女性の社会進出が今後も一層進むと考えられます。 これら社会構造の変化に伴い、少子化や晩婚化、妊娠年齢の上昇、更年期以降の活動年齢の延長などが予想され、 これら女性の各年齢ステージに即した健康増進のた・E゚の新戦略の確立が不可欠と考えられます。 当研究室は、胎盤で産生が増加する高濃度のエストロゲン(E2)とプロゲステロン(P4)が脂肪細胞に作用し、妊娠糖尿病の発症に関わるインスリン抵抗性を誘導する分子機構を報告してきました (1,2)。

1 脂肪組織のインスリンシグナル経路におよぼすE2, P4の阻害作用機構の模式図
  

 また先に述べた脂肪細胞のインスリン抵抗性に加え、肥満に伴い糖脂質代謝が悪化する機構として慢性炎症の重要性が指摘されています。これに対し、E2はマクロファージやT細胞などの様々な免疫細胞に作用し、炎症を抑制することが知られています。 特に肥満病態における内臓脂肪の慢性炎症は、制御性T細胞(Treg)と呼ばれる免疫調節力の高い免疫細胞により抑制されますが、雄性では肥満病態で内臓脂肪Tregが減少することが肥満病態に重要と考えられてきました。 しかし、E2が豊富に存在する雌性における内臓脂肪Tregの肥満病態での重要性や制御機構は不明でした。そこで雌雄の肥満マウスの糖代謝と内臓脂肪の慢性炎症の関連・ォをTregに着目して解析し、雌性ではE2依存的なTregの内臓脂肪局在化にかかわるケモカインシグナルを明らかにしました (6)

 さらに、妊娠糖尿病病態におけるT細胞へのE2を解明するため、T細胞特異的にエストロゲン受容体を欠損するマウスを作製し、本マウスが妊娠糖尿病病態において膵臓からのインスリン分泌の低下と肝臓から全身の代謝を調節するへパトカインの産生異常、内臓脂肪組織ではIL17産生型ヘルパーT細胞 (Th17) の増加に伴う慢性炎症の増悪をもたらすことを見出し、E2の免疫を介した妊娠糖尿病防御機構を解明しました (7)

プレスリリース記事:エストロゲンの免疫を介した妊娠糖尿病防御機構の解明



 これらの一方で、更年期におけるE2の低下が肥満や 糖尿病の罹患率の増加に関わることから、E2が中枢神経を介して、 また末梢組織への直接作用により代謝を改善する機構を、閉経肥満モデルマウスにE2を脳室内持続投与および末梢持続投与を行い検討しました (3)

 
2 エストロゲンの中枢性および末梢性代謝改善作用のまとめ
  E2は視床下部に作用することで褐色脂肪組織などに作用し、体温上昇など基礎代謝を高めることで肥満を抑制し、また肝糖新生を抑制することで糖代謝の維持に寄与した。一方、E2は脂肪細胞や脂肪に浸潤するマクロファージに直接作用し、脂肪組織での脂肪合成および慢性炎症を抑制し、糖代謝を改善した。

  閉経期に認められる代謝環境の特徴として、E2欠乏によるエネルギー代謝の低下に伴う体重増加が挙げられます。 比較的新しい糖尿病治療薬のDPP4阻害剤は、比較的副作用が少なく高齢者において選択されやすい治療薬です。 ヒトでは体重減少効果は認められませんがマウスにおいて体重を抑制する可能性が示されていたため、DPP4 阻害剤を閉経肥満モデルマウスに投与し、その治療効果を検証しました。その結果、DPP4 阻害薬のテネリグリプチンは効果的に肥満病態を解消し、さらに褐色脂肪組織におけるエネルギー消費の亢進を促進することで、 閉経期の代謝状態を改善するのに適した糖・A病治療薬であることを報告しています (4)

  さらに、”マタニティブルー”や”更年期うつ”という言葉に示されるように、E2の変動はうつや不安などの誘因になると考えられています。さらに、肥満病態自体もうつの発症に関わることも知られています。女性は閉経期以降にうつの患者数が男性と比較し顕著に増加するため、 閉経肥満モデルマウスを用いてE2の抗うつ・抗不安作用について研究し、その成果を報告しています (5)



  以上の研究成果をもとにさらに研究を発展させ、E2作用の低下が糖脂質代謝におよぼす新規機構の解明することで、妊娠・閉経期での代謝異常の効果的な改善につながる新規治療法の開発をめざしています。

発表論文
  1. Endocrinology. 147: 1020-1028, 2006.
  2. Am J Physiol Endocrinol Metab. 298: E881-E888, 2010.
  3. Am J Physiol Endocrinol Metab. 303: E445-456, 2012.
  4. J Endocrinol. 227: 25-36, 2015
  5. PLoS One. 13: e0209859, 2018
  6. PLoS One. 15: e0230885, 2020
  7. Diabetologia. 64: 1660-1673, 2021.
  8. エストロゲンの免疫を介した妊娠糖尿病防御機構の解明