研究内容

胃酸分泌機構に関与するイオン輸送体タンパク質の機能解析

胃酸は、胃腺に多数存在する胃酸分泌細胞によって分泌されます。胃酸(HCl)分泌におけるプロトン(H+)分泌は、胃プロトンポンプ(H+,K+-ATPase)によって行われています。胃の管腔のpHは約1に保たれており、H+,K+-ATPaseは、細胞膜を隔てた100万倍以上ものH+濃度勾配に逆らってH+を胃の管腔へ分泌します。当研究室では、以下のようなテーマに着目して研究を進めています。

 

胃酸分泌におけるCl-分泌実体は何なのか?
胃酸分泌におけるH+分泌機構はよく研究されていますが、一方のCl-を輸送するタンパク質については未だ解明されていないことが多い現状です。私たちは、Cl-がどの輸送体タンパク質によって運ばれているのかを明らかにしようと研究を行っています。Cl-分泌実体の解明は、消化器潰瘍や逆流性食道炎などの新たな創薬ターゲットにつながる可能性が考えられます。実験としては、ブタの胃から調製したプロトンポンプを豊富に含む膜標品(胃ベシクル)を用いて、新たな胃酸分泌関連タンパク質の探索や、輸送体タンパク質のイオン輸送能の解析を行っています。また、培養細胞に胃プロトンポンプや胃酸分泌細胞に存在する各種イオン輸送体を発現させた胃酸分泌細胞のモデルとなる細胞を構築し、それらの機能や複合体について詳しく研究しています。最近、K+とCl-を共輸送するタンパク質(KCC)が、胃酸分泌細胞に発現していることを見出しました。興味深いことにKCC4はH+,K+-ATPaseと機能的にカップルしていることがわかりました。現在、KCC4がCl-分泌タンパク質である可能性を考えて研究を進めています。

 

胃酸分泌細胞の形態は劇的に変化する。
胃酸分泌細胞は、酸分泌の際に劇的に形態を変化させます。酸分泌休止時には、H+,K+-ATPaseを豊富に含む胃細管小胞は細胞質内に存在しています。酸分泌刺激により、細管小胞は分泌細管で互いが連結し、分泌膜とつながることで胃酸分泌が引き起こされます(図1)。これまで細管小胞は分泌膜とつながると融合して一体化すると考えられていましたが、私たちの一連の研究により、両者は連結しても独立性を保持する可能性があることがわかりました。現在、2つの膜が連結するのに関与するタンパク質の探索を行っており、胃酸分泌細胞のダイナミックな形態変化のメカニズムの解明を目指しています。

 

 

 

 

細胞膜のマイクロドメイン
近年、細胞膜に受容体やイオン輸送体が集約した機能的な領域が存在することがわかりました。脂質ラフトは、コレステロールやスフィンゴ脂質を豊富に含む膜ドメインで、名前の通り脂質膜上に筏(ラフト)のように分布しています。脂質ラフトには様々なイオン輸送体が集約されており、機能的に関連し合いイオン輸送をしていると考えられています(図2)。
私たちは、胃酸分泌に関わるイオン輸送体は、それぞれが個々に機能しているのではなく、脂質ラフトにおいて輸送体複合体を形成することで、お互いに機能を調節したり、協調して機能したりしているのではないかと考えています。胃酸分泌の調節に脂質ラフトが関わっている可能性を現在検討しており、脂質ラフト上でのイオン輸送体複合体機能の解明を目指しています。

胃酸分泌機構に関与するイオン輸送体の生理機能や、複数のイオン輸送体により形成される複合体機能を明らかにすることで、新たな消化器疾患治療薬を開発する基礎となるような研究を目指しています。                                                                                  

 

 

 

ヒト消化器癌において異常発現する膜輸送タンパク質の機能解析
(当大学医学部第二外科との共同研究)

癌は遺伝子疾患であることは周知の事実ですが、消化器癌においては、イオンバランスの異常など輸送体の発現変動による細胞の環境変化も細胞の癌化を考える上では重要であると考えています。私たちは、倫理委員会の承認のもと、当大学医学部第二外科との共同研究しており、手術により切除されたヒト消化器癌組織(胃、大腸、肝細胞癌)の提供を受けています。ヒト癌組織を用いて癌細胞に異常発現する膜輸送タンパク質を探索し、これまでに胃癌、大腸癌、肝細胞癌において異常発現する輸送体を見出しています。
なぜ癌において異常発現するのか?癌細胞における機能は?その輸送体の発現量を減少させたり機能を抑制することで癌細胞にどのような影響があるのか?など、異常発現タンパク質が関与する癌細胞の病態生理機能について研究しています。
癌治療における創薬標的となり得るイオン輸送タンパク質を探索し、その病態生理機能を解明することで、新たな抗癌治療の基礎となる研究を目指しています。