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再就職20年を迎えて

(42年卒)小木曽 周 子

(株式会社大島椿本舗 取締役研究開発室長)

20年前の初秋、子供達は小学校4年と2年に成長したのにもかかわらず、進歩しない自分、怠惰な生活に嫌気がさし、取り残されるという焦燥感から株式会社大島椿本舗の門を叩きました。連れ合いは、気まぐれ主婦の我侭も1ヶ月でお手上げするだろうと判断し、パートタイマーならば子供にも負担がかからないからと気持ちよくOKをくれました。研究開発室とは名ばかりの部屋の雰囲気は、ぬるま湯にどっぷり浸かっていた私でも何とかなるかと錯覚を起こさせたのですが、次第にのめりこんで、いつのまにか会社人間だの、仕事中毒だの言われるようになってしまいました。アトピコシリーズの開発に携わり、植物油は乳化が難しい、無謀な事を考えるな、と言う社長を説得して何とか軌道に乗せた事が、はらはらドキドキの仕事人間の始まりでした。しかし、20年をどうにか過ごせたのは、家族が健康でいてくれたからの一言に尽きます。そして、職場の指導者、仲間にも恵まれていたと思います。勤め始めた頃は、男女雇用機会均等法の今とは違い、男性の2倍働いてやっと1人前と認められるという時代でしたので、意地を張った時期もありましたが、次第にマイペースとなり、気がついたら労働者代表になっており定年5年延長を勝ち取ったりしたのも振り返れば良い思い出です。

小さな化粧品会社ですから、新製品開発は勿論、品質管理、製造工程管理、薬事上の許認可業務、特許関係、人事・労務関係、OEMメーカーとの折衝、原料関連の仕事、製造機械のメンテナンス、お客様の電話サービス、見学者の応対等何でも屋で、お節介も程々にしたらと言われそうな程、様々な内容の話が飛び込んできます。そんな中で一番要求される事は、集中力でしょうか。次々起こる問題に対処する時も、限られた時間の中で処方を組む時も、あらゆる知識、情報、経験をかき集めて検討します。又、近年は専門分野をさらに細分化していく方向ですが、弱小メーカーでは色んな事をこなさなくてはならず、力もないのにあるかのごとく振舞う技も何時の間にか身についてしまいました。

少しツバキ油の事にふれますと、ツバキ油は有史以来日本で愛用されている安全性・安定性の高い植物油で、そのまま化粧品にする他、ケン化や乳化して化粧品を作ります。植物ブームの昨今、更に何かできないかと考え、ツバキ油活性剤を作り、INCI( International Nomenclature for Cosmetic Ingredients )に登録したり、微量成分の分析に取り組んだりしていますが、これらを配合した化粧品がデビューできるまでに何年掛かるでしょうか。イメージ商品であった化粧品の世界も、研究会では遺伝子、ゲノムと言う単語が飛び交い、のんびりしていられなくなりました。

最近20代の有能な人を2名迎えました。飲み込みも早いし、処理もスマートにきびきびと働くのを見るに付け、世代交代の時期が来たと感じています。全力投球できるのも後2,3年でしょう。出来る事なら、初心に帰って新製品の開発に取り組みたいし、弊社商品の有用性の評価法も確立したいと考えています。 拙文を書き連ね大切な首都圏遠久朶の紙面を埋めてしまった事をお詫び致します。

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