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「食の未来への遺産と警鐘」

(58年卒)遠 藤 義 之

日本は、その歴史の中で非常に多彩な食文化を生み出したと言えます。記録では奈良時代頃から様々な調理法があり、魚や肉を塩と米により熟成させた「なれ鮨」や「酥」というバターに似たような乳食品、味噌や醤油の原型のような調味料も既にこの時代には使われていたようです。

平安時代になると更に調理が多様化し「延喜式」などに記録が見られます。鎌倉時代には大陸から多くの僧や技術者などの渡来人が大陸の食材や調理法を持ちこみ、日本の食文化は国際的色彩を帯びることになりました。近代に入って西洋やアジア各国からの料理が広まり、日本に居ながらにして世界中の多彩な料理を日常的に食べることができるようになりました。

また最近20年間はインスタント食品やファーストフードの普及もあり食習慣も大きく変わりましたが、これも食文化の一つと言えます。 しかし、今日、食習慣を脅かすいくつかの事態が明らかになり、私達は未来の食について大きな関心を持つとともに、後世に優れた食文化と安全な食品を残すために行動を起こすべき時代が来たのではないかと思います。

近年大きな話題となっているBSE(牛海綿状脳症)はプリオン病と総称される神経疾患の1種ですが、プリオン病は細胞に存在する正常なプリオン蛋白質が構造変化により異常化することが原因であると考えられています。昨年から牛のプリオン検査や牛肉市場において非常に大きな波紋と消費者不安を起こす事態となり、また医薬品業界においてもBSEに対する安全性対策が最優先課題となっています。

数年遡りますと、O-157に代表される細菌感染が話題となりました。衛生環境や低温保存技術が確立されていなかった時代には細菌性食中毒は時々起こりましたが、刺身を始めとして生で食材を食べる多様な食文化をもつ日本では、食中毒を防御する加工・保存の知恵も優れたものがあります。

しかし近年問題となった細菌感染は、耐性菌の増加や消費者の安全を軽視した社会モラルの欠如など、先人の知恵を超えた原因で生じています。 更に大きな問題は、環境ホルモンと総称され、極微量で生体内でホルモンと同じような作用を示す化学物資の世界的な拡大です。環境ホルモンは現在判っているだけで70種類以上で更に100を超える種類の物質があると予測されています。これらを摂取するとホルモンバランスが乱れ様々な障害や病気を引き起こす原因となります。大気や水の汚染により食品が汚染され、意識せず長期に渡って摂取する危険性もあります。

現代人は、食への信頼に不安を感じながらも、健康への影響が直ちには顕在化しないために、意識せずに生活している実態があるのではないでしょうか。情報技術やインフラが発達した今日、正確な情報を判りやすく且ついち早く公開し、安心した食材・食品が得られるような工夫が必要です。優れた知恵と技術の集積である食文化と安全な食品を次の時代に継承するために一人一人が何ができるかを考える時に来ているのではないでしょうか。

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